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【連載コラム】写真家 大和田良 長い年月が育んだ造形美。被写体から、風景を感じるとき。

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Photography & Essey「うすあかりと、写真」第3回

撮影データ:キヤノン EOS 5D Mark II/EF35mm F1.4L USM/絞り優先オート(F2.8/1/160)/ISO200/WB:太陽光

 被写体が教えてくれることがある。
 最近それを強く感じたことがあった。盆栽を被写体とした時のことだ。少しずつ教えられていたのだろう。ある時ハッと気付く瞬間があった。
 一年間ほど、大宮にあるさいたま市大宮盆栽美術館に通い、館の所蔵品である数々の盆栽を繰り返し撮影した。盆栽技師に見方を教わり、それに倣って盆栽の正面に正対させてレンズを向ける。枝葉の作る間や、光と影を観察し、四季や天候で変容するその姿を観察し続けた。撮影を行いながら、それらの盆栽をどのように整えていくのかということをよく質問した。それぞれの樹には個性があり、どれもが固有の特別さを持っていた。盆栽技師たちはそれらを見分け、樹の未来を予想しながら次の世代に引き継ぐための手入れを日々行う。その話を聞きながら一つの盆栽の正面を見、それから枝葉を、そして幹の肌や根張りを見る。ただそれを繰り返した。
 あるとき、公園を散歩しているときに松を見た。盆に植えられたものではなく、地に生えた自生の松だ。なんとなく松を眺めると、その樹の良いところ、それから悪いところが見えた。それまで、樹の良いところと悪いところなどまったく目に見えることが無かった。どんな風に枝が付いていても、葉が伸びていてもそれはただそういうものだという感覚しかなかったのだと思う。松以外のものを見ても、同じようにその樹の特徴を見ることができる。あぁ、この樹は立派だなとか、あの辺の枝はもう少し剪定したほうが光が入り込んでもっときれいに育つのに、なんてことを思うようになった。枝が折れていたりすると、それが風によるものか、それとも鳥やなにかの動物によるものだろうかなんて考えてみたり、山などで下へ向かって枝が伸びていると、雪の重みで下に垂れたんだなと想像する。樹に風景を感じられるようになるのだ。そのように樹を見ることができるようになったのは、間違いなく盆栽のお陰であろうと思う。
 そんな楽しみを覚えてからというもの、様々な庭園などで名木と言われるようなものを眺めるのが好きになった。それが高じて先日、小豆島まで樹齢1500年以上と言われる真柏(シンパク)を見に行った。立派で壮大な佇まいだった。そのような樹を見ると、その幹肌や枝の伸び方に長い年月だけが育む造形を感じることができる。なるほど、盆栽というものはこのような樹をあの小さな盆上に表現しようとするのかと、今度は逆に盆栽を見る目が養われる。勉強を始めたばかりのこの盆栽という文化には、まだまだ教えてもらうことが多そうだと、そう思っている。

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写真・文=大和田 良
東京工芸大学大学院メディアアート専攻修了。05年スイスエリゼ美術館による「reGeneration 50 photographers of tomorrow」に選出され以降国内外で作品を多数発表。
http://www.ryoohwada.com/

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